Untitled

Sep 25

最近になって少し気になることも出てきた。よく聞く話ではあるが,このまま子どもたちが便利なインターネットに慣れすぎてしまうことへの不安である。例えば小学校でインターネットの授業をすることについて,賛成する親が多数派だが,消極的な親も決して少なくない。有害コンテンツなどの危険を指摘する声が多いのはもちろんだが,「インターネットですぐに答えがわかっても,それは勉強と言えない」といった意見が多い。

 この手の議論を目にすると,いつも思い出すことがある。もう7年も前の話だが,「ただいま,未熟な技術者が急増中」という記事を書くために取材した,ベテラン技術者たちの言葉である。この記事でベテラン技術者は,「初心者にも親切なWindows Serverのユーザー・インタフェースが災いしている。若い技術者がOSの仕組みを知らずとも,いろいろな設定画面を開いていじっているうちに,“なんとなく”設定できてしまうのが問題だ」と指摘していた。当面の問題を解決することはできても,「なぜそうしなければいけないのか,OSの内部やネットワークがどのように動作しているのか」をうまく説明できない技術者になってしまいやすいという。

 つまり,「答え」に最短距離で到達することと引き換えに,「なぜかを考える」など技術者としての基本姿勢を失いかけている,とベテラン技術者は危惧していたわけだ。

 同じことが,早くからインターネットに慣れてしまった子どもたちにも起こりはしないか。そうならないために,ツール(インターネットなど)の正しい使い方を教えることがまず大切だろう。しかし,ベテラン技術者の言葉に説得力があっただけに,本音を言えば筆者も気になっている。

” —

早期化する子どものインターネット体験 - 記者のつぶやき:ITpro

ある程度の敷居の高さも必要か。その敷居を超えるために自力で学ぶことが重要と。

(via syoichi) (via yaruo)

(via officek3)

“215 癒されたい名無しさん sage 2009/09/19(土) 08:36:13 ID:NQ17IYis
571 :おさかなくわえた名無しさん :2007/01/27(土) 21:21:16 ID:MD7AfYM+
たかがバイトなんだけど、真面目な性分で”いい加減”にやるってことが出来ない。
仕事を押しつけられればやるし、それで他の人の負担が軽くなるなら、とも思う。

でも他の女の子と違って、愛嬌も無いので店長から気に入られてない。
明らかに自分よりゆるくやってる子達のほうが評価が高い。

こんな状態で真面目にやってて意味があるのか・・・なんてモヤモヤしてたら、
大学の先生がたまたま授業で、

真面目ってのは悪いことじゃない。
時には要領が悪くて自分ばかり損をしているように思えるかもしれないけど、
いきなり真面目になろうとしてなれるものじゃないし、
頑張ってきた分、いつのまにか力がついているものだから、そのままでいいよ。

というアドバイスをくれて、授業中ながら人目を憚らず、
涙がダバダバ溢れてきて止まらなくて、
しかもその先生が大学やめて遠いヨーロッパに行く、とか言い出すから余計泣けた。

先生ありがとう。” —

BARATIE - 真面目ってのは悪いことじゃない (via yellowblog) (via uessai-text) (via usaginobike) (via plasticdreams) (via yaruo) (via petapeta)

人っていうのは、絶対誰かが見てくれているからね。

(via officek3)

einstein:

Revista 1:100 Casa Paunero – Estudio Urbis

einstein:

Revista 1:100 Casa Paunero – Estudio Urbis

ache:

(via sansparole)

ache:

(via sansparole)

motomocomo:

samsung mobile corby s3650 worldwide launch

motomocomo:

samsung mobile corby s3650 worldwide launch

motomocomo:

LEGO house update

motomocomo:

LEGO house update

それにしても、期せずして、こういう「寝たきりになってしまったチンパンジーの行動の観察」についての知見が得られたのは、日本ならではのことだったようだ。

日本人なら、寝たきりのチンパンジーの面倒を親身になって見るということは、ごく自然な行為と感じると思う。そういう文化風土があるからだ。

でも、欧米では、こういう状態になったら、すぐに安楽死させるのが普通で、結果としてこんな「研究」はなりたたない。

チンパンジーは絶望しない。今ここだけをいきているからだ。

一方、ヒトは、今ここでないところに、こころがとらわれやすい。 ふと気づくと、ヒトのこころの焦点は、今ここでないところに結んでいるのが普通と言っても良いくらいだ。

それは絶望を産み出す原因でもあるけれど、未来への希望や夢を見ることができるということでもある。

いま、ここでないことに思いを馳せるということは、論理の飛躍であり、つまり非論理的であるという事でもある。

” — くねくね科学探検日記 (via otsune) (via yaruo) (via nakano)

nsx:

フリースタイルな僧侶たち

nsx:

フリースタイルな僧侶たち

そしてとても面白いなと思ったのは、多くの場合、何をやるかより誰とやるかが重要だという話。あの人とだったらできそうだという他者含みの自信が、学習者を動かす強いモチベーションになるという。

自分の子供時代を思い出してみると、結局、何をどう学ぶかというよりは、どの先生に教わるか、誰と塾に行くか、なんていうことが学習意欲と結果につながっていたように思う。いや大人になった今だってそうかもしれない。誰とやるかで、仕事の楽しさもやりがいも大きく左右される。

ワクワクを一番簡単に創り出す方法は、一緒にやる人を選ぶ、選べる状態にするということなのかもしれない。

” — プレイフル・シンキング - 情報考学 Passion For The Future (via yori) (via nakano)

(via ache)

(via ache)